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プレーバック2007:対FC刈谷戦@栃木SC通信

2008年3月19日 大塚秀毅 | | コメント(0) | トラックバック(0)

※メンバーが大幅に変わっているために参考にならない可能性大

11月29日、クラブ側から今季での契約満了選手が発表された。プロ選手21名のうち12名が首を切られた。名を列挙する。北出勉、谷池洋平、高野修栄、片野寛理、金奇徳、石川裕之、山田智也、茅島史彦、永井健太、西川吉英、吉田賢太郎、山下芳輝。「残す選手は10人前後」(柱谷幸一監督)。大ナタを振るうことは予想できていたが、覚悟はしていても衝撃は小さくなかった。これまでチームを支えた思い入れのある選手が離れていってしまう。現実は耐え難い痛みを伴い突き刺さった。
 
契約更新の時期は、選手の心が激しく揺れ動く。残る選手と去って行く選手がピッチで同居する。モチベーションを高める作業は困難であることを承知の上で、「有料試合でありサポーターが足を運んでくれるのだから100%の状態で戦わなければならない」。柱谷監督は就任以来、言い続けてきたことを試合前に再度伝えた。そして、「今日のメンバーで戦うのはラスト。勝って喜んで終わろう」と送り出した。
 
栃木SCのスタメンはGK原裕晃、最終ラインは左から石川裕之、山崎透、谷池洋平、片野寛理の並び、ダブルボランチを米田兼一郎と久保田勲が務め、右ワイドに高安亮介、左ワイドに小林成光が配され、上野優作と横山聡が2トップを組んだ。
 
詰め掛けた観衆は6387人。今季2番目の観客動員を、優勝と昇格の芽が潰えた最終戦で記録した。ひとつの時代の終わりを見届けようとするもの、新たな歴史の扉が開く来季に向けた心の準備をするもの。様々な思いがスタンドで交錯していたことは想像に難くない。

「ありがとう 楽しかったよ 栃木がここまできたのは皆のおかげです またどこかで逢おう ありがとう」
 
ゴール裏には感謝の思いがたっぷりと綴られた弾幕が掲げられていた。
 
懸念されていたような事態は起こらなかった。ピッチに立った選手は、この試合の重要性を十二分に把握していた。全員が勝利に向かい直向きに走り回った。旺盛な運動量と圧倒的なポゼッションでイニシアチブを握る。FC刈谷の前線に配した3枚にロングボールを放り込み、セカンドボールから2次攻撃を仕掛ける策にも、しっかり対応できていた。細かなミスはあったが、混乱することなく試合運びは安定していた。

「右サイドは高安の単独突破。左は(小林)マサミツ、石川、2トップのどちらかのコンビで崩せていた。うちのカタチが作れていた」(柱谷監督)
 
両サイドを軸に押し込めた。特に高安の切れ味は抜群だった。立て続けに生み出した好機は、ほとんどがサイドからだった。前半24分に小林成光のミドルシュートをGK来栖由基が弾き、ルーズボールに高安が詰めるも枠外へ。絶好機を逸するが、31分に先手を取る。オーバーラップした石川の左クロスを横山聡がダイレクトボレー。一旦はGKに防がれるも、上野と横山聡がこぼれ球に食らい付く。最後は横山聡が押し込んだ。計7本ものシュートを放つことになる横山聡。片野の絶妙クロスをゴールに結び付けられなかったが、高安がドリブルで突っかけ供給したグラウンダーのボールを冷静に流し込んだ。時間は44分。絶好の時間帯に追加点を挙げる。
 
後半も立ち上がりから意欲的にゴールを狙う。スピードを活かし、サイドチェンジを織り交ぜながら相手を翻弄した。ダイナミックな片野の攻撃参加が目を引いた。攻勢はしばらく続くも、勢いが止んだところでゴールを割られる。DFの間に入り込まれ、篠川雅仁にゴールを決められる。対処できないプレイではなかった。一瞬の隙を突かれる悪癖が顔を覗かせる。僅かながら不穏な空気が漂うも、途中交代の山下芳輝に只木章広が持っていかれそうになった手綱を引き戻す。リズムを整え、形勢を逆転させた。栃木SCでのプレイが最後となる山下は貪欲にゴールへ襲い掛かる。だが、2度の決定機をいずれもDFとGKの好守に阻止された。有終の美は飾れなかった。
 
苦しい時間を凌ぎ、リードを守り切った栃木SC。是が非でも勝利が求められた惜別の一戦を2―1でものにした。勝点を3つ上積みし、順位をひとつ上げる。

2007年シーズンの戦績は14勝10敗10引き分け。勝点52、8位でのフィニッシュだった。

JFL後期第17節 栃木SC2―1FC刈谷 観衆6387人 @栃木県グリーンスタジアム

〈FC刈谷〉GK来栖由基、DF小林健史、岡戸佑樹、西原拓巳、石橋竜太、MF酒井康平、日下大資(→西村俊寛)、篠川雅仁、FW加藤知弘、伊藤智弘(→平林輝良寛)、社本将光(→酒匂宏明)

〈栃木SC〉上野(→山下)、高安(→只木)、小林(→小原昇)

 

『サッカーはいつまでも続けられる』

スタンドがにわかにざわめき、熱を帯び始める。ピッチサイドに背番号10を確認したからだ。只木章広の栃木SCでのラストダンスは、後半16分から始まった。
 
交代してから数分後、山下芳輝がそっと歩み寄る。ゲームキャプテン上野優作から譲り受けたキャプテンマークを只木の左腕にそっと巻いた。谷池洋平の発案だという。粋な演出。

「キャプテンマークを渡してくれて、支えてくれている人の思いを感じた。ありがたい。オレに最後の舞台を与えてくれた」
 
ピッチに足を踏み入れる前、チーム全体のパフォーマンスは一時的に落ち込んでいた。後半21分には失点を喫する。1点差に詰め寄られる嫌な展開を、しかし只木が変えてみせた。

「失点で流れが良くないのでシュートが大事だと思った。自分でも打ちたかったので」

一本のミドルシュートが停滞していたチームを鼓舞し、活力をもたらした。「栃木の心臓」。吉田賢太郎が只木を、そう形容していたことを思い出した。後半32分にはクロスから山下の決定的なボレーシュートをお膳立てするも、DFに阻まれアシストを記録することは叶わず。目に見えるカタチで勝利に貢献できなかったが、相手に傾きかけた流れを食い止め、勝機を手繰る役割は十分にこなした。派手さはないが、要所をきっちりと抑える。試合を読み切り、その状況に応じたプレイを心掛ける。只木の特長が遺憾なく発揮された。

「最後だから絶対に勝って終わらないと」

最終戦に向けて語った意気込み通り、自身の幕引きを白星で飾った。只木の栃木SCでの9年間は終わりを告げた。それは、栃木SCがアマチュアから完全なるプロフェッショナルに移行する象徴的な出来事でもあった。
 
やっぱり、泣いた。

前節の試合後、囲み取材でのこと。「泣かせないでくださいよ」。おどけながらも只木の目頭には、既に薄っすらと涙が滲んでいた。必死に我慢していた姿が印象的だった。

押し殺していた感情を最後の最後で、堪えることなどできなかった。共に去り行く戦友と熱い抱擁を交わす只木の目からは堰を切ったように滴が零れ落ち、頬を伝う。人目をはばかることなく泣きじゃくった。男泣き。安易な表現も、この人に当てはめれば様になる。

熱血漢、只木は言う。

「栃木に迷惑を掛けて暴れ回らせてもらった。『もう1年やりたい』という思いはない。能力的にできないとは思わないが、古い人がチームを去ることで新しい人が入り、流れができる。変化するには必要なこと」
 
引退を1年、先延ばしにしたのは「栃木SCをJへ」という強い思いが胸にあったからだった。生活の一部だった栃木SCが抜け落ちる日々に寂しさを感じないといえば嘘になるだろう。だが、本気でJを目指すならば、転換期を迎えたチーム事情を考えれば、血の入れ替えが必要不可欠なことも承知している。

「散々やらせてもらえてオレは幸せです」

感謝の言葉を終始、並べた。その一方で、こんな思いもある。

「心残りは正直、ある。高橋監督(前・栃木SC監督)の手伝いをできず、力になれなかった。なんにもできずに祈るしかなかった。申し訳ない気持ちで一杯です。高橋監督に育てられたから・・・」
 
開幕前から順調に体を仕上げるも、故障により前期を丸まる棒に振った只木。負った怪我は思うように回復しなかった。その間、スタートダッシュに陰りが見え始めたチームの成績は下降の一途を辿る。ようやく復帰するも、高橋高は志半ばで退団していた。今季は辛苦と歓喜を共有できなかった。悔いが残った。
 
忘れ難い試合は2005年の対ホンダFCとのホームゲーム(3―2で競り勝つ)。「自分のことなんて、ねえ」。天皇杯でJ1清水エスパルスから奪った1ゴールなど比にならないという。

「ホンダに勝つのはJFLでの夢だった。強くて規律があり、そのチームに追い付く、強くなるのが目標だった。勝ったことで同じステージまで来られた。起死回生のゴールは凄かった。今でも鮮明に憶えています。(決勝ゴールを叩き出した)吉見(康之。現・広報)、大好きです」
 
躊躇いもなく「好きです」と言ってしまえる、その熱さ。栃木SCとの係わりは保ち続けるが、マグマのごときサッカーへの情熱は、他に注がれることになる。教鞭を執る宇都宮白楊高校と監督の任にあるサッカー部に。

「生徒を全国や次のステージへ送り出す。指導者としても充実したい」

こっそりと駆けつけた部員から花束と寄せ書きを贈られ、胴上げもされた。悪乗りに巻き込まれ3回も宙に舞った。泣きっ面は一変し、ビックサプライズに満々たる笑みが浮かんだ。「お前等、明日から猛練習な」。栃木SCの只木から、只木先生になった瞬間だった。

「技術がないから走り回ることでガチャガチャかき回すしかないですから」
 
決してスキルは低くないが、それに溺れることなく貪欲にボールを追っ掛け回した。全身から熱を発しながら泥臭くプレイする姿に誰もが熱狂し、鼻の奥をツンとさせられもした。来季もチームに残る久保田勲、深澤幸次、高安亮介の生え抜きの選手には、魂の継承者であって欲しい。
 
「皇帝」と称えられ、他チームから恐れられた10番は、新たなサッカー人生を歩む決意をした。今後は監督業がメインになるものの、「今までやってきたメンバーでもう少しやりたい。活躍の場があるべき。コーチでも運営面でも係わりあいたい」と、最終的にJFLを目指し、天皇杯で栃木SCと対戦する日を目標に、輪郭ができつつある新チーム構想に胸を高鳴らせてもいる。

「サッカーはいつまでも続けられる」
 
舞台が変わろうとも、只木は只木であり続け、熱が冷めることはない。偉大なる10番は栃木SCとは別れるが、サッカーから離れられそうもない。



今季を振り返り敗因を並べ、来季へ向けた抱負と意気込みを柱谷幸一監督は語った。
 
7月から就任するも選手個々のキャラクターを把握すること、プロ・アマが混在するチーム事情からコントロールできない部分を改善していくことに時間を要した。1、2ヶ月で攻守におけるイメージは出来上がり、ゲーム内容も向上するが、一瞬のミスによる失点が響く。勝点を取り逃したケースが多々あった。

勝利を収めた対FC刈谷戦でも、狙ったクロスではないボールから失点を喫した。

「今日の失点はつまらない。ああいうのはなくさないといけない。アラートじゃない。準備できていない。守り切れない。かっちり抑えて2―0、欲を言えば3―0で勝たなければいけなかった」

守備陣に要求されるのは高い集中力と警戒心(アラートな状態)である。敵陣で試合が進められていても、常に眼前に位置するアタッカーの動きに目を凝らす。カウンターを受けた際にもパニックに陥らず、状況に応じた守り方ができる準備を整えておく。ガツンと当ってボールを奪い取るのか、それともディレイさせて味方の帰陣を待つのか。臨機応変な対応力で堅守に磨きをかけ、無駄なゴールを与えない腹積もりだ。

「追加点を取れず、決定力がなく追い付かれた」
 
苦渋を味わったシーズンでの唯一の勲章がリーグ最小の失点29。一方でゴール数はワースト5位の43だった。内訳は前期22、後期21だった。監督交代が劇的な得点力アップに直結するわけではもちろんない。ゴール欠乏症は世界規模でサッカークラブが抱える頭の痛い問題である。優勝と得点王をさらった佐川急便SCの御給匠(30ゴール)、悲願のJ2昇格に貢献したロッソ熊本の高橋泰(29ゴール)と突出したストライカー有無は、成績と無関係ではない。一部の例外を除けば、ゴールランキング上位者とチーム成績は密接な関係性を持っていることが分かる。ここ数年で失点数がある程度は計算できるチームに成長してきただけに、待望されるのはゴールがコンスタントに稼げる選手の存在。「大人のチームなので子供のチームのように育てられない」。だからこそ、高さ、スピード、パワー、テクニックなど、独自の武器を持っている選手を獲得する方向で動いている。アタッキングサードまでボールを運べる力はクオリティの高いトレーニングを入れることで養えるが、そこから先は絶対的なゴールゲッターの能力に負う割合が高い。特効薬であるブラジル人を雇う経営体力がない以上、日本人の中で「もっている」選手を探すしかない。栃木の魅力を伝えることで争奪戦を制する気構えでいる。

「ゲームを勝ち切るだけの勝負強さが出し切れなかった」
 
勝敗に拘らず訴え続けてきたのは、メンタル面と高いプロ意識。自信を喪失した状態で栃木に入団した選手からは、サッカーで飯を食っているという強烈な自負心はどうしても希薄に感じられ、劣勢に回ってもプレイのクオリティを落とすことなく継続的なパフォーマンスを披露できるだけのハートの強さも欠落して映ったという。そこで、予算規模も絡んでくるが、「JFLレベル以上」と高評価する大学リーグでレギュラー、または準レギュラークラスの選手に目を付けた。常時、ハイレベルな試合を経験し、競争原理が働く場に身を置いていることから、“勝者のメンタリティ”が兼備されていると言うのである。「やってくれるのではないか」。既に仮契約を済ませている選手に加えて、交渉を進めている3人に大きな期待を寄せている。毎年、新卒の大学生を獲得し、育成しながら主力にシフトさせ、好成績を残しているホンダFC。ひとつのモデルになるのかもしれない。

「勝たないといけない。結果を出す。勝点3を取り、勝点1を積み上げていく。勝負に徹する。ただ、勝てばいいだけではなく、内容やフェアプレーも追及したい」
 
不退転の決意で挑む来季は選手とスタッフはオールプロ。優勝を疎かにすることはないが、昇格に比重が置かれることは間違いない。時にはドローでも御の字という選択をする試合もあるだろう。上に行くためには、勝負に執着するとは、つまりそういうことである。今季よりも退屈な、高揚感が得られる試合が減少する可能性は低くない。しかし、それは観衆を魅了するサッカーを放棄することと同義ではない。ハイプレッシャーを掛け続け、アラートな状態を保持し、5―0と圧勝した対三菱水島FC戦をベストゲームに挙げていることから、志向するサッカーのベースはあの試合にある。ただし、「時間帯によって(プレッシャーを前から掛けること)はやれると思う。それで勝点を失ってはいけない。ペース配分を考えてやりたい」と語るように、空気を読んで引く時は強固な守備ブロックを構築し、カウンターに絞るなど幅のあるチームへの変貌を思い描いてもいる。

「かなり悔しい思いを一試合、一試合した。来季はこういう悔しい思いをしたくない。来年の今頃はスタジアムの全員が喜べる状況を作りたい」
 
柱谷改革は志半ばで頓挫するも、再チャレンジする機会を許された。栃木SCをJ2に引き上げ、長期政権を築き、プロビンチャを実現できるかは、全て来季の結果次第。ドラスティックな変革は果たして実を結ぶのか。刮目したい。

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