湿る、瞼の裏
2008年9月24日 大塚秀毅 | この記事のページ | コメント(0) | トラックバック(0)
母親に地元新聞に写真が掲載された旨を伝える。
やはり、腐っても母親で、現在の我が家の家庭状況が気がかりな様子。
出て行きたくて、出て行ったんじゃないんだ。
そんな印象を言葉と、声のトーンから受け取った。
それが例え、嘘だったとしても、本心でなかったとしても構わないとさえ感じられるほど、月日は人の心を変えた。
また少し、自分の中で母親に対して積もっていた「不信」「憤懣」という雪が溶けたような気がした。
そして、家を去って2カ月目にして初めて謝罪の言葉をもらった。
「お母さん、勝手なことして、家を出てしまって・・・ごめんね」
瞼の裏が湿った。
危うく嗚咽を漏らしそうになったので、慌てて電話を切った。
欲しているんだなあ。
母親の愛情を。
これは年を重ねても、大人という社会的が無遠慮に決めたカテゴリーに入れられても、どうしても求めてしまうもんなんだなあ、と思った。
電話の、顔が見えないことの有難味を実感。
こんな時には最高に便利なツールだね。
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