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『思い切れ』@栃木SC通信

2008年10月 5日 大塚秀毅 | | コメント(0) | トラックバック(0)

sg1.JPGDFラインからボールを引っ張り出したボランチの佐藤悠介の顔には、困惑と苛立ちが浮かび上がっていた。

首を盛んに振り、周囲をキョロキョロと見渡す。が、ボールを受けようとする姿勢が感じ取れない。ひとつ、ふたつ先のプレーを読んでボールを預かるも、肝心の受け手がパスをもらおうとしないのである。困り果て、憤怒するのも無理はない。パスコースが存在しないことから、佐藤は両手を広げ、「出し所がないよ」と言わんばかりのジェスチャーをするが、それでも味方のリアクションは芳しくなかった。展開力の他にも、トップへとくさびを打ち込むなど、ゴールに直結する勝負パスを供給するために中央に配されたにもかかわらず、期待された効果は佐藤が“孤立”したことにより薄まってしまった。

「(怖がっていることを)プレーしていて感じていた。ボールを受けたがらない。昇格レースの中でナーバスになるのも分かるが、それをひっくるめても足りない部分がある」

佐藤は嘆くしかなかった。

アグレッシブさに乏しかった。挑みかかっていく気概がなかった。その原因を上野優作は、こう見ている。

「チームがしばらく勝てていないことで、調子が悪い選手はどうしてもプレーを怖がってしまう」

自分がミスすることで流れが一気に悪しき方へ傾いてしまうのではないだろうか。そんな恐怖心がボールを呼び込む作業を停止させたのかもしれない。ミスの連鎖に対する怯え。萎縮したことで前線へボールを運べず(運ぼうとせず)。一度はパスを受けるも、再び近付いてパスをもらう基本的な動作は皆無に等しく、だからパスコースは自ずと限定された。1トップの上野へあてたボールを拾うタイミングも、反応速度も相手が勝っていた。兎に角、出足が鈍かった。

「フリーの選手が多いのにボールが入らない。ボールを要求していない」

タイはバンコク遠征にJFL選抜の一員として参加した向慎一は、ベンチからピッチの状況を、そんな風に見詰めていた。停滞したムードを払拭するには、果敢に動き回るしかない。後半途中からピッチに立った向。実行に移そうと考えていた、「ボールを受けて、さばくことを繰り返した」。上手くいかないシーンも、当然ながらあった。だが、周りに同調して消極的に振る舞うのではなく、意欲的にボールに絡んだことで、佐藤へラストパスを通し、決定機を演出した。

「連動してパスを出して、また顔を出す」

トレーニング、或いはトレーニングマッチと異なり、小林成光や落合正幸と有機的に動けなかった岡田佑樹も痛感していた。パスを出す、受けて終わりではなく、フレキシブな対応が求められることを。パス&ゴー、パス&ムーブの必要性を。

現代サッカーは守備の充実により、一本のパスで局面を打開することは困難を極める。絶え間なく動き、ギャップを構築し、生じたスペースを使いこなすことで、ゴールをこじ開ける。肉体的なスピードだけではなく、シンキングスピードも重要とされる。休むことなく体も、頭も働かせなくてはならない。4―4―2のようにバランスが取り易いフォーメーションではなく、アンバランスな4―2―3―1などは頻繁なポジションチェンジなくして、相手を攪乱させ、ゴールを陥れる餌をまくことなど不可能である。パスが出てから動くのでは遅い。起こり得る事態を予測し、察知する。クオリティの高い予備動作こそが雌雄を決する。勝負はボールの無い所から始まっている。止まってなどいられないのである。

しかし、栃木SCの選手は、ボールを散らせる能力を有する佐藤に、ボールをつけた時点で安心してしまい、その後の状況を見守ることが多々あった。「悠介さんが第一になってしまっている。一個飛ばせれば、もっと視野が広がり、いい展開になっていた。簡単につけ過ぎている」(向)。

翻って、SAGAWA SHIGA FC(以下、佐川滋賀)の選手は、気後れするどころか、ボールに触れることに喜びを見出していた。トップ下の中村元は低い位置まで引いて、左ワイドの大沢朋也は内に絞ることで、ボールを巧みに誘引していた。惜しみなく動き回ったことで、捕まえにくいポジションを探り出し、発見した場所で己の役割に徹した。流動的な動きは、栃木SCに決定的に欠けていた要素だった。

新システムは佐藤の特異な資質を活かしきることに主眼が置かれている。が、前を向いてボールを持っていても、味方が動かなければ、突っ立ったままでは、正確無比なキックは宝の持ち腐れとなる。4―2―3―1など単なる紙の上での配置に過ぎないが、それに囚われ過ぎるあまり、動きがぎこちなくなっている。持ち場を放棄してでも、好機と見て取ったならば、大胆に攻め上がる。縮こまっていても、小さなプレーをしても、事態が改善されないならば、いっその事、思い切ってプレーした方が例え勝点を逃したとしても、心持が違ってくるのではないだろうか。

思うに任せない状況だからこそ、敢えてリスクを冒してでも前にでなければならない。活路は黙っていては、開けないのだから。
  

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