ホーム > コラム 『The Cut(仮)』 > 『勝利への過剰な意識が芽生えさせた感情』@栃木SC通信

『勝利への過剰な意識が芽生えさせた感情』@栃木SC通信

2008年10月20日 大塚秀毅 | | コメント(0) | トラックバック(0)

 kq2.JPG

アグレッシブさを殺いだのは、意外にも勝利への強い渇望だった。

「もう一度、攻撃に行きたいのに行けない。今のチーム状態を表している」

序盤から押し込み、6分にPKで先制点を得るも、嵩にかかって攻め崩せなかったことを、鴨志田誉はそう話す。一気に片を付けるならば、圧倒的に試合を支配した開始15分だった。攻勢の時間帯に追加点を取れなかった代償は、あとあと高くついた。ロスタイムの劇的な同点被弾として。

挑みかかっていく姿勢を試合開始から全面に押し出し、貫き通したことで先の天皇杯3回戦ではロアッソ熊本を葬った。120分間では仕留め切れず、雌雄を決したのはPK戦だったが、「勝ちたい気持ち」で上回れなければ、勝機は手繰れなかったはずである。真っ先に選手が勝因に挙げたのも、メンタルの部分だった。

チャレンジャーとしての気持ちを、特異なトーナメントという環境、相手が格上という条件なしに持続できるか。リーグ戦に向けた懸念は、杞憂に終わる。敵将・与那城ジョージ監督に「想像できなかった」と言わしめるほどの迫力で襲い掛かり、ゴールを奪い去ったからである。目醒めの悪い栃木SCにしては、理想的な立ち上がりだった。

しかし、悲しいかな、立ち向かっていく姿勢は継続性に乏しかった。早々のゴールが、眠っていた弱気の虫を呼び覚ましたのである。そのことを山崎透は否定しなかった。

「前半の早い時間にPKで先制した。そこから気持ちの部分で守りに入ったつもりはないが、弱気になった。『守ろう』と」

縦方向への勝負パスが入らなくなる。ゴールを意識したプレーに欠けた象徴だろう。トップにボールが収められないから、優位性が保てる両サイドが活かされない。脅威は徐々に薄れていった。

「1―0では勝てない。もう1点取りに行こう」

佐藤悠介は、そう訴えたという。おそらく芳しくない現在のチーム状況を考慮しての発言であることは想像に難くない。

だが、周囲の士気は高まらなかった。それどころか、「時間が経つに連れて勝ちがちらついた」(鴨志田)ことで、勝利への意識が過剰に働いてしまったことで、精神的に守りに入ってしまう。ニューウェーブ北九州も手をこまねいていたわけではなく、策を講じてきたが、栃木SCが拙攻を重ねてしまった、との印象が勝った。

尻上がりではなく、尻すぼみとなった展開に業を煮やした柱谷幸一監督は、ハーフタイムに選手へ伝える。

「最後まで自分達のサッカーを積極的にやり通そう」

柱谷幸一監督の思いは響かなかった。後半、引きこもった。自陣から一歩、踏み出す勇気が不足した。ラインは後退を続ける。ボールを掻っ攫っても、味方のサポートがない。出し所がなく、素早い攻守の切り替えが効かなくなる。フリーでボールを持っても、怖いから繋ぐのではなく、蹴ってしまった。ボールポゼッションができなかった。後ろ向きのプレーは、相手に付け入る隙を与えることになる。ボールの譲渡を繰り返せば、形勢が逆転するのも必然である。つまり、振り出しに戻されるのは時間の問題だったのである。

「後半は大事にいこうとした。連敗中の精神状態になっていた。強気でいかないとこの世界ではやっていけない」(柱谷監督)

自信のないプレーはロアッソ戦の勝利で払拭されたはずだったが、悪しき流れと同様に断ち切れていなかったのである。

SAGAWA SHIGA FC戦の後半スタート、天皇杯、そしてニューウェーブ戦の最初の時間帯と、イニシアチブを握ったことで持ち味を発揮するに至った。ピッチに立った選手が感情を剥き出しに、ファイトしたからである。柱谷監督の言葉を借りれば、ボールを受けない、ポジションを取らないプレーは、周りに「伝染する」。要するに、一人でも戦う気持ちを無くせば、それは終戦と同義となる。

チームとは11人の個の有機体である。組織を正常に動かすには、誰一人として気を抜くことは許されない。要求は苛酷であるが、勝者になるためには絶対に必要な条件である。困難であると感じるならば、プロとして生きていくことはできない。指揮官は当然のように考えている。  

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 『勝利への過剰な意識が芽生えさせた感情』@栃木SC通信

このブログ記事に対するトラックバックURL:

コメントする