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『膨らんだJ2への思い』@栃木SC通信

2008年11月 3日 大塚秀毅 | | コメント(0) | トラックバック(0)

002.JPG怯むことなく挑みかかり、自分達のゲームプランを愚直なまでに貫き通した。「意欲的なチームだった」。敵将、ハンス・オフト監督の栃木SC評である。

失うものなどない一発勝負の天皇杯。格上のJ1ジュビロ磐田と戦える格好の機会に喜びを見出した。9戦未勝利のチームとは思えないほどの溌剌とした、吹っ切れたプレーを披露した。相手に合わせるのではなく、これまで積み上げてきたものを、栃木SCのサッカーをピッチで表現することが出来た。最終的に1―3と地力の差を見せつられはしたものの、チャレンジャーとして恥じることのない戦いをした。

「負けてしまったのでこんなことを言うのもなんですが、楽しかった。皆もそうだと思う」

バースデイゴールを決めた佐藤悠介は、充足感に満ち満ちた表情でチームメイトの心情を代弁した。

サッカーを純粋に楽しめた。面白くなければサッカーじゃない。そう実感できたことは、昇格レースの重圧に晒され続けている栃木SCにとって、何よりの収穫だったのではないだろうか。サッカーとは本来、難しい顔をしてプレーするものではない。しかし、自然と表情が険しくならざるを得ない状況に栃木SCは身を置いている。佐藤は続ける。

「楽しいだけというのは、あまり好ましくない。でも、楽しみながらやらないと、監督も言っているように見ているお客さんにとってはつまらない。90分で必ず結果は出る。勝負事なので引き分けも負けもあるが、試合が終わった後に楽しいと思えないと」

リーグ戦の残り4試合のプライオリティは内容よりも結果である。勝点3の上乗せが求められる。例えオウンゴールだろうと手にした1点を、手段を選ばずに守り通さなければならない事態にも直面するだろう。結果重視のサッカーは興を殺ぐことと無縁ではない。ただ、退屈極りない勝利至上主義は、クオリティの高いサッカーの放棄と同義ではない。パス、クロス、シュート、ラインコントロール、マーキングと、追求できる要素はふんだんにある。ゲーム全体を通して見れば凡庸でも、細部に見るべきところがあれば満足感は提供できる。個々の意識とゲーム内容が向上すれば、見放されている勝機を手繰る可能性はグッと高まるはずである。内容に結果が付随しない些か不運な状態が、それほど長く続くとは思えない。

自己を磨く極上の喜びを再確認したのは向慎一である。

「相手がJ1なので個人の差が出るのかな、と思っていたが、そんなことはなかった。通用する部分はある。でも、ミスは多かった」

個の力で遜色なく張り合えることに好感触を得つつ、2つの失点に絡んでしまったことに唇を噛んだ。

不足していると痛感したものは、普段から高い意識でトレーニングに臨めれば決して改善は不可能ではない、と実感できた。リーグ戦では打ち切れなかったミドルを2本も放ったことは自信に繋がったと話す。そして、なによりジュビロと対峙したことで己の現在地を確認できたこと、「もっともっと(自分自身を)高めていかなければならない」と強く思えるようになったことは、小さくない。高次元でプレー出来ることは刺激的であり、更なる飛躍が望めると思い至ったからである。だからこそ、階段を駆け上がり、J2へ辿り着きたいとの思いは、これまで以上に膨らんだ。昇格への意欲は戦前と比して格段に増した。

サッカーを楽しめる幸福感。それを抱ける機会と場を失わないためには、ステージを次に移すことが絶対条件である。ジュビロ戦で得た教訓をリーグ戦に持ち込み活かすことで、11月を駆け抜けたい。

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