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戦い続けたばあちゃん、逃げていた自分

2008年11月 5日 大塚秀毅 | | コメント(0) | トラックバック(0)

罰があったのだと思う。

目を背けてきたことに対して。

ばあちゃんが3カ月ぶりに家に帰ってきた。

これまで居た施設から、また異なる施設に移るためだ。

玄関のドアを開けるのが、たまらなく怖かった。

ばあちゃんは脳梗塞による右半身不随に加え、痴呆が著しく進行している。

おそらく孫の顔など覚えていないのではないかと。

「ばあちゃん、久し振り。元気だった」

精一杯の明るさで声をかけた。

車椅子に身を預けていたばあちゃんの視線が向けられる。

肌の血色は悪くない。

元気そうだ。

一安心。

しかし、次の一言で凍り付いた。

「誰だったかな?」

愕然とした。

落涙しそうになった。

覚悟はしていたつもりだった。

それでも現実を、孫のことが記憶から抜け落ちている事実を突き付けられ、固まった。

記憶を解すように話しかけるが、短時間で呼び覚ますことは容易ではなかった。

そればかりか会話のキャッチボールが成立しない。

投げかけた問いに対する正確な答えが返ってこない。

支離滅裂。

ばあちゃんと少しでも長く、施設にまた戻るまでの時間を共有したいという思いを、恐怖が凌駕した。

またしても、逃げ出した。

ばあちゃんがばあちゃんでなくなってしまうかもしれないことに耐えきれずに。

午後から来ることになっていたヘルパーさんと、ちょうど玄関を出たところで会った。

「おばあちゃん、頑張られたみたいですね。普通は右手の自由が利かなくなるとだらんとしてしまうことが多いんですけど、おばあちゃんは以前と変わらないところまで回復されてるみたいですよ」

ばあちゃんはこの3ヶ月、必死のリハビリに励み、戦い続けていたのだ。

それを思うと、堪らなく情けなくなった。

ばあちゃんは抗っていた、病気に。

自分は懸命に逃走していた。

オレのこと覚えているはずだよね、ばあちゃん。

そんな感情は、思いあがり以外の何物でもなかった。

忘れられしまうことを怯える資格さえ持ってはいなかったのだから。

ばあちゃんのことを考えていたはずだったが、実際には考えていたつもりに過ぎなかった。

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